園便り

”fiscal child abuse”って?

2014年05月06日

4月末から飛び石連休とはいえ、今日で長~いGWもいよいよ幕を閉じようとしています。十分なリフレッシュの下、明日からまた変わらぬ日常生活に戻る訳で頑張っていきましょう!!さて、このGW期間中に読んだ「社会保障亡国論」(鈴木亘学習院大学教授著)の一部ですが、ご紹介したいと思います。冒頭の英語ですが、日本語では”財政的幼児虐待”と訳され、「えっ」と怪訝な面持ちになられるのではないでしょうか?本HPとはかけ離れ、固いお話となりますが、お子さまの将来に関わることなので少々、おつき合いいただければ幸いです。この言葉は米国の年金・財政を専門とする経済学者ローレンス・コトリコフ教授が唱えたもので経済学では一般的用語だそうです。これは家族の中では絶対行わないような非人道的行為を、社会保障制度は国民に強いている現象のことを指します。(特に、諸外国の中で類を見ない早さで進行する少子高齢化の日本にはよく当てはまる言葉であり、現実問題として一考に値するものと思います)内容が内容ですから、掻い摘んでご説明すると、まず社会保障とは年金、医療・介護・雇用の社会保険や生活保護、保育などを社会福祉のことを指します。そして、これらの諸施策を税金なり保険料で運営する上で大きな(加速度的に進行する少子高齢化といった)社会・(バブル崩壊後の失われた20年、といわれるような右肩下がりの長期停滞状況が続いた)経済環境の変化を直視し柔軟に対応しようとせず、むしろ更なる社会保障を推し進めようとしているためにそれを(保険制度上では賦課方式による赤字の補てん、国債で積み上がった借金返済)最終的に支えざるを得ない現役世代や将来世代に強引に押し付ける結果となり、割を食わされるという思わず目を覆いたくなるような話なのです。具体例を紹介すると、’91年から2012年までの間、名目GDP470兆円台で殆ど成長していないのに社会保障給付費は50兆円から倍以上の110兆円に膨らんでいます。これも戦後復興期にあった右肩上がりの成長一直線の経済且つ若々しい人口構成で社会保障のお世話になる対象者が少ない時代であればまだ救いようもあったのでしょうが、現在は全くの真逆。また、悪いことに現行の社会保障は賦課方式といって現役世代が高齢者の面倒をみる仕送り方式となっているので冒頭のような事態に陥ることになるというのです。’50年代は現役層12人で1人の高齢者の面倒をみていればよかったのが、これからは2人で1人の時代が近い将来、着実に来るということ。そのために、1人の所得に占める社会保障費負担率が現在の3割くらいから今現在、幼児のお子さまが成人する頃にはなんと半分近くを負担しなければならないという悲惨な状況に直面せざるを得ないのが現実です。そして、それだけ納めて、年金等の社会保障面で相応のものが返ってくるのであればまだ納得がいくかもしれませんが、(将来の担い手は少子化スパイラルで減る一方で受給対象者は倍々ゲームで増加していくことから)今現在でさえ、年金受給開始年齢の繰り上げといったように給付制限をしようとしているのですからその結末は推して知るべしでしょう。まだまだ色々ご紹介したいのですが、紙面の関係もありこの辺で終わりにします。最後に是非、ご認識を改にしていただきたいことが”社会保障”という名の不可侵の聖域(とみられているところ)で空恐ろしいことが行われているという事実であり、我々は指を加えて何もしないのではなく、正しい知識を一人でも多くの方に共有することからはじめて、必要な手立てを早急に打てるうようにしなければならないと思った次第です。というのも、これは決して他人事ではない、見るも無残で悲惨な結末が確実に現世および次代の日本国民に降りかかろうとしているのですから…


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